世の中のことについて考えた

83年生まれ、女性。元新聞記者、精神保健福祉士、その他。そんな私の硬と軟。

「対話」は精神科領域の治療になりうる

NHKハートネットTVで特集されていた、精神科医療で行われている「オープンダイアローグ」。これを、「治療法」と位置付けて精神科でなされている様子が写されていた。患者、家族、医師、看護師、心理士などが輪になって話を聞き、時には医師らが自分の話もしたりして、対話をすすめていく。患者の話を聞いて、そこから少し視線を切り替えて、医師らがその話から考えることについて、考察を患者の前で意見を交わす。患者の前で、患者抜きの客観的なケース会議が開かれるような感じだ。

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医師らが時間をかけて話を聞き、言葉を返す。治療法を決めるためだけでなく、その会話自体が治療になりうる。患者は小さな「?」を膨らませたり妄想化させたりしなくて済む。生活を変えたり薬を飲んだりすることへの理解も進み、病気と付き合う生活に前向きになれる。

これだよ!と思った。常々、「医者は短時間で精神科患者の何を見ているのだろう?」と思っていた。日常で関わる、たとえば日中活動サービスの支援者らは、時には家族以上に長い時間、彼らの様子を見て、言動を聞いて、今のはどういうことではないかな?病気の症状かな、性格の部分かな?などと考えながら対応する。誰だって、私だって、医者の前では違う、よそ行きの自分を演じていることがある。その「よそ行き」を見て、それがよそ行きだと見抜けるかもしれないが、では日常の部分を見通せるのか?

精神科患者に対して、「言葉に頼りすぎるな」と言う同僚がいたが、私は、言葉で会話、対話できることこそ、彼らの救いだと思っている。言葉を交わすことで、考え方を少し変えたり、考えを深めたり、ということができやすくなる。小さな変化を見ることができ、それが本人にとっても支援者にとってもうれしい。

オープンダイアローグ。果たして診療報酬上の評価はどうなんだろうか?そこらへんは

今度調べてみたい。